<自立について>



自立とは「自分の力で判断し、ひとり立ちをすること」とされていますが、厳密には、全く独りで生きることは無理で、人の支えや協力は必要です。
私は「自分のことは、自分で考える意識と、出来うることから目標を持って努力する行動力、そして手に負えないようであれば人に助けを求め、人に協力をする」だと思うのです。
自分のことであるから自分で何とかしようと思う意識を持てているかどうか、言い方を変えると自分に目が向くことなのです。そうであると同時期に自分と事態を結びつけて考える意識が働き、それに伴って自分はどんな人間なのかを見つめようとします。このことで、短所や長所、自分の心癖が日頃の言動に自他ともにどのような影響が出ているか、理解が進んでいくものです。 この状態は、<自分を知ること>でも述べたように自分を知ることで、問題解決へのモチベーションが高まり、行動を起こすことで事態が好転してきます。
生きることとは、自分に関することや色々な出来事に向き合い処理、解決することの連続です。この時に必要になるのは、事態を客観的に捉えて妥当な方法で処理をすることなのですが、客観的に捉えにくかったり、妥当な方法でなかったら、問題が生じ、事態が悪化します。また放置すると、硬直して、いずれも困った状態にもなります。
どうして妥当な方法で処理しにくくなるのか、ですが、それには、<不安について><認識の歪みや欠落>で説明しましたが、不安の強さによる認識の誤認や発達障害による認識の歪みや欠落、これに加え、環境因として<今の時代に生きること>で説明した、社会的価値や判断を一方的に情報や指示を与えられること、それを引き受けて速く処理出来ることが好まれる時代です。認めてもらうには、忠実になろうとするのです。いけないわけではないのでしょうが?・・・逆に事態について考えようとする範囲や深さが狭まり、この事態をどうすべきか、自分は何がしたいのか、何のためにするのか、自分に問う機会が減ってきます。困れば受身的に指示を与えられ、その通りにすればいいわけです。的確な指示が無いと自ら、どう判断すればいいか、どう取り組んでいけば良いのか、つかみにくい。だから頼るし、指示を与えることで速く解決できるから・・・の依存関係ができやすい環境もあるでしょう。
本来誰でも、困れば、その原因や打開策を考えて実行していくものです。自分で考え行動したのだから、自己責任です。だから結果がよくなくても人を責めたりしません。 「こうなったのは、親のせいだから責任を取れ」とか言うのでどうしたらいいのか? と相談を受けることがあります。これは、自立心の反対の依存心がそうさせているのです。この問題は、短期間で片付けられるような性質の問題でなく、時間をかけて自立(心)を起こす作業をしなければいけないのです。
自立(心)が進んでいないと、このように責任転嫁したり、しんどいので事態から逃げようとする(向き合わない)、または運命のせいにすること、つまり事態と自分が乖離し他人事のような意識であったり、事実誤認をしているので、事態が解決されにくいのです。そのままに放置されると出来事によっては深刻な事態へと発展しやすくなります。そうするとますます苦しくなり、逃避、責任転嫁、依存の方に意識が強く働く、悪循環に陥りやすいためだからです。
相談場面で子どもに、何で~するの? 誰のために? ~どうして、自分の問題は? 自分をどうしたいの? 自分がやっていることの影響など子ども自身のことや子どもに関わることを質問するのですが、戸惑うような反応したり、かなりしんどい状態なのに人にその気持ちが言えないことに気付くことが多いのです。